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袖触れ合うも…

福岡にいた頃の2人は本当に貧乏だった。大学を卒業した私は学生の頃働いていたホテルでそのまま就職、旦那はデザイン事務所に就職したが、どちらもサービス残業当たり前の上に薄給。夫婦の喧嘩でワースト1はお金だとよく言われるが、喧嘩も多かった。この時はまだ入籍してなかったが、よく別れなかったと思う。

旦那のお母さんが送ってくれた野菜には随分助けられた。それに近所の顔なじみの八百屋のおじさんはよく勉強してくれた。

入籍はしたものの、結婚式など夢のまた夢だと思っていた。しかし…

近所の顔なじみのカフェの店長さんが、格安で式場として提供してくれた。

パグの散歩中に挨拶をする花屋さんの店長さんが破格の値段でブーケを作ってくれた。

パグがきっかけで懇意にして下さっていた床屋さんのご夫婦がブライダルエステを格安で提供して下さった。ここのご夫婦は何かと私たちを見守って下さって、私が体調が優れない時なども色々助けてもらった。
新婚旅行の時も、パグを預かってくれたり…申し訳なさそうにする私に「本当の家族だって思ってるのよ。」という奥さんの笑顔に何度助けられただろう。今でも手紙や年賀状のやりとりなど交流は続いている。

たくさんの人に助けられ私は白いウェディングドレスに袖を通すことができた。
カフェの店長さんがサプライズでウェディングケーキを出してくれた時は本当に泣きそうになった。

福岡にいた頃は貧しく、辛いことも多かったが、たくさんの暖かい人たちに恵まれた私たちは本当に幸せものだったと思う。
明日は結婚式記念日だが、それと同時に決して忘れてはいけない。今の幸せを作ってくれたあの人たちへの“ありがとう”を。

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なんじゃそらっ!?

精神が「一般的な方に比べて20年くらい幼稚ですね」と占いババに言われたのが10年前『>なんやと~!』
子供の傲岸抱えたまま大人に紛れ込んでしまった、てことで しかし不思議に納得したのを憶えてる

「別れてはいけない」「忘れてはいけない」と自分に言い聞かせるほど逆に、想いが薄らいでいくことの多さよ
ついには成る様にしか成らず一番重きに置いていたことの順位が下がって もろもろ悔恨が募って
なんのしがらみも無い赤の他人なのに「このひとの幸せに貢献したい」とか そういう気分になっちゃって
「ああ、あの時のあの人も こんな気持ちだったんかな」と 判り始めた、と思ったらもう50かよぉっ!!!
ってのが 年を取る ということかもしれないし そうではないのかもしれない 結論:結局よくわからないやwww

淡路の海賊王さん

大人になると“すべて”に正解を導き出せるかな、と幼い頃の友人が言っていましたが、私の周りの大人たちはいつでも“すべて”から目をそらして矛盾だらけの行動をとっていたので大人にはなりたくないと思ったものです。すべてから目をそらして生きていくのが大人になることだと考えていたので、大人になりたくなかった。

私は今だに未熟な子どものままです。その占い師さんにみてもらったら何と言われるのやら。
プロフィール

まんだりんず

Author:まんだりんず
<塾長みかん>愛媛出身福岡育ち
根性の無さといびきのでかさは誰にも負けない無芸大食パグ
<塾生A:みかんパパ>長野生まれのインテリ
<塾生B:みかんママ>福岡生まれで九州男児よりも喧嘩早い

福岡から長野へお引っ越し。ただいま奮闘中!

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